Hands-Onながさき ~ながさきのNPO・ボランティア活動サポート団体

長崎のNPO・ボランティアをサポートする任意団体。 連絡先:handson.nagasaki@gmail.com(@を半角に変えてください)

タグ:災害

暑いですねー。シローです@( ´∀`)つ

福島県二本松市で活動しているNPO法人TEAM二本松の
佐々木るりさんが長崎に来ます。

二本松市は福島第一原発から50キロ以上離れています。
佐々木さんたちは子供たちの健康と未来を守るため
食品の放射線量測定、除染作業、内部被ばくの検診などを行っています。

今の福島を知り、親たちが何に心を砕き、子供たちがどういう状況にあるのを知るチャンスです。
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ども!久々シローです@(・∀・)つ

遠くて縁もゆかりも無い静岡ですが、水害にあっています。
どうにしかしたい!役に立ちたいという方は
近いところ、例えば東京とか、神奈川とか、千葉とか、名古屋とか
の知り合いにお知らせください。

西伊豆町災害ボランティア本部

あなたが打ったメールが誰かを動かして
そして、誰かの笑顔になります。

よろしくお願いします。ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ ナカマ


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東日本大震災から2年4ヶ月@シローです

7月11日に福岡で遠方からの被災者支援を考える
ボラサポサロン」が開催されます。

福島県で活動している団体の活動報告があるようです。
遠方からの支援とはどういうものか?
九州からできることは何か?
(そもそもシローは支援というコトバが苦手です。
支える、援けるは上下関係だからね)

シローは長崎でいくつかの団体の活動に関わっています。
自分たちの活動を見直すきっかけとなり
被災者と共に歩む活動の木月となるかもしれません。
お時間のある方はぜひ参加されてはいかがでしょうか。
(平日の夕方ですけどね。汗)
 参加するときはハンズオンながさきのブログ見ましたーと
言っていただけるとうれしいです 
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県民ボランティア振興基金の助成事業について
担当者の山口祥代さんからコメントをいただきました。
今年度の活動拡大支援については、支援金限度額が
昨年の30万円から50万円に上がっています。
これらの支援制度を活用し、皆様の団体活動に
役立てていただきたいと考えています。
1次審査は書面審査、2次審査はプレゼンテーションで、
必要性、継続性、発展性などの視点で審査を行います。
申請書・プレゼンテーションで相手に上手に「伝える」ために、
それらの審査の視点を意識した応募を待っています。」


ハンズオンの注記
(コメントはいただいた原稿から少し市民の言葉に書き換えています)
(対馬、壱岐、五島、小値賀、新上五島の団体は書類審査のみです)

助成事業の詳細は下記からどうぞ!
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ハンズオンながさきが25年1月に開催したNPOと助成団体の合コンに
参加してもらった県民ボランティア振興基金さんの25年度事業募集が始まりました。

助成団体:公益財団法人県民ボランティア振興基金
申請締切:6月13日(木)17時必着
対象:長崎県内のNPO法人及びボランティア団体(任意団体)
募集事業:
1.活動拡大支援:NPOがステップアップを目指して新たに取り組む事業(50万円以内、助成率4/5)
2.協働推進支援: 市町とNPOが協働で取り組む事業(50万円以内、助成率10/10)
3.広報支援:NPOのリーフレットやチラシ作成に専門家のアドバイスと1,000部の印刷

です。
詳しくは県民ボランティア振興基金 をご覧ください。

また、災害支援についても随時募集を行っているのでよおーく見てね! 

助成申請前にこちらもどうぞ!
第4回ハンズオンカフェ報告!
NPOサポート情報vol.3 NPOの資金源②助成金
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震災のことを覚えておきたくて自分が感じたことの続き@シローです(・∀・)つ

2011.3.13 
外は快晴。しかし朝から嘔吐下痢の症状が続き動けない。震度4や5の余震も頻繁に続く
ふと眼をやるといつもある仏壇が無い。地震で落ちたので廊下によけてあった。
まだ水道も電気も通らない。ガスはプロパンだったので食事を作ることができたのが幸い。
妹が食事を作るが食欲が無い(何せ嘔吐下痢なので)。
食事はお皿にアルミホイルやラップを敷いてその上におかずを乗せるなどなるべく水を使わないように工夫。 
ダイナモ式ラジオのハンドルを何度も回転させては被害状況を聞く。
連絡が取れない友達にひたすらメールする。
「落ち着いたら返事送って」
携帯メールだけが唯一の外部と繋がるツール。電池を持ってきて良かった。
安否確認でとにかく知り合いにメールする。
とてつもなく広い地域でとんでもない状況であることだけは感じている。
夜は電灯がつかないので18時には食事を済ませ休む。
長崎の家族とはメールでやり取りし状況を教えてもらう。
被災地にいると情報が入らない。これが一番怖かった。

2011. 3.14
月曜日。昔からのかかりつけ医の先生のところへ行く。
なんとも患者が多い。しかも大人の男性。どうも自分と同じ症状のようだ。
この先生は自分が小さい頃からお世話になっている。
実母が癌で亡くなったときも最後の脈をとってもらった家族でお世話になっている先生。
その先生が自家発電機を回して患者さんを次々と診察している。
本当のお医者さんってこの先生だと改めて思った。
そして先生は「シローくん、よく長崎から来てくれたね」と言ってくれた。
発病して被災地の何の役にも立たなくてすみませんと謝ると、
「来てくれただけでいいんだよ 。長崎のご家族は元気?」と答えてくれた。
とても嬉しかった。その間も余震が。
先生によるとウイルス性の感染症とのこと。普段とは違う環境でやられたのかもしれない。
点滴を打ってもらい薬を飲んだらぴたりと治った。先生の言葉が治してくれたのかもしれない。
自宅で寝ていてもひたすら安否確認のメール。
陸前高田の友達とはまだ連絡が取れない。他の友達にも聞くけどみんな連絡が取れないと言う。

昼前にようやく電気が復旧した。この防災無線を聞いたときは嬉しかった。
早速TVをつけると新たに福島第一原発の爆発事故の映像が。
またか!いったい茨城はどうなるんか、福島の友達はどうなるのか。

テレビのニュースで東電の計画停電実施と都民の感想で
「計画でも停電は困る。生活ができない」とか
都内のスーパーから電池や水が買占められたというニュースを見て
「東北はもっとひどいよ。何で1日2時間程度の協力ができないの。
何で自分たちの安全のために買い占めるの。東北に送ってよ」
というやりきれない想いを抱く。

そして、夕方近く、水道が復旧したとの防災無線。
水が出るまではご近所さんちの井戸から水をもらっていた。すごく感謝。
なんとか当面の生活はできそうなので長崎に帰る事を考える。
余震や原発事故のことを考えると余裕を持ったほうが良いので
1日、都内で宿泊して帰る事にする。とにかく家族が無事でよかった。
そして原発の恐ろしさ、都民の冷たさを感じた一日だった。

2011.3.15
父と妹にまた来るからと別れを告げ、正午過ぎにクルマを貸してくれた千葉の友達のところへ向かう。
途中、故郷の漁港を通りかかると岸壁が崩れて船が乗り上げていた。
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漁港に来ていたおじさんと言葉を交わす。「おら、70年生きてきたけどこんなの初めてだ」「おじさん、頑張ろう。まだ余震があるから気をつけてね」といって故郷を後にする。
ちなみにこの漁港のすぐそばの指定避難所は地震で崩れていた。

「破壊」ってこういうことだと思う。
特に故郷の破壊はものすごく 心にのしかかる。いつ故郷は元に戻るのか、船は海面に浮かぶのか。

南下して千葉を目指すがその途中途中で津波の脅威を目の当たりにする。クルマに泥がついて横転していたり、道路が地盤沈下で泥水が噴出していたり、津波で流された家財道具が一箇所にまとめられていたり。
 そしてガソリンスタンドには行列が。ずっとずっとどこまでも繋がっている車の列。
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都会に住んでいる人にはピンと来ないかもしれないけど、電車やバスがない田舎ではクルマは生活に欠かせない。ガソリンがなくなったら生活そのものが成り立たない。だからみんな何時間も並んででもガソリンを求めている。生きるために。

18時ごろ千葉の友達にクルマを返す。ガソリンを入れることができなかったのでお詫びとお礼の気持ちとして少しのお金を渡した。彼が車を貸してくれなければ家族に会うことができなかった。本当に友達でよかったし、彼が困ったら自分が助けなくちゃ。
千葉からは高速バスで都内へ。既に普通に戻っているようだ。
なんだろう、茨城も東北もまだまだ電気もガスも水道もないところがいっぱいあるのに
ここには全部ある。そして夜中まで煌々と明るい都内の夜空が恨めしい。
久しぶりに風呂に入ったらすっきりした。この当たり前の爽快感を被災した人たちにも分けてあげたい。
陸前高田のカズヤにメールするけど全く返事が来ない。携帯をなくしたのかな。

2011.3.16
朝から羽田へ向かう。普通に電車が動き、普通に24時間の食堂が開いていて、普通に水が飲める。 
やっぱりやりきれない。なんかおかしいよ。すごく大変な思いをしている人たちがすぐそこにいるんだよ。
困っている人をほっといて貴重な資源を浪費しているようにしか見えない。
羽田空港は平日にも関わらず大勢の人。  多くは原発事故から避難する人だと後で分かったDSCN3100


















それにしてもすごい数だ。どこからこんなにたくさんの人が出てくるのか。行き先も様々だ。係員さんがてんてこ舞いなのが分かる。

長崎行き搭乗口にはママと子どもが多かった。やはり放射能の影響を恐れての避難だろう。

そしてフライト。窓際の席から都内を見る。

何で東北の人たちがヒドイ目にあっているのに東京の人たちは計画停電で文句言ったり、必要な電池や水を買い占めるのか。
今まで福島の人たちが原発のリスクを背負ってエネルギーを東京へ送っていたからできていた生活を享受してきた恩を忘れているようにしか見えない。お世話になった人が苦しんでいるのにさらに追い討ちをかけているようにしか思えない。東北は東京の植民地ではない。無碍にされていいものではない。そんなことが心の奥底からずっとずっと湧き上がってきて自然と涙が溢れる。悔しい、本当に悔しい。そんなものなのか。そうじゃない、本当に心配して援けてくれる人もいる。わかっているけどどうしても悔しい。そんな想いを抱えて帰路についた。

長崎では家族が迎えてくれた。当時8歳の娘がティッシュの空き箱を利用して募金箱をつくり友達と一緒に募金を呼び掛けるチラシを手書きで作っていた。彼女なりに何とかしたいと思ったと嫁から聞いた。 こんな小さな女の子でも東北の為に何かしたい、そして行動したことに感銘した(親バカです)。

 
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